周王朝の初期の頃あらゆる説の歴史を公開!!

周王朝の初期の頃の王朝運営などについて記載しておきます。

周の文王と武王の実績

古い中国の王朝の一つ、周(しゅう)の創始者の名前を武王といいます。

武王はその前の王朝である殷を滅ぼし周王朝を開きますが、この武王の父を文王と言います。

そのため、文王は周王朝の始祖とも言われています。

もともと文王は殷王朝において三公の地位にありました。文王はその父である季歴が亡くなったのちに周の地を受け継いでこの地を治め、仁政をもってこの土地を豊かにしたと言われています。

ですが、この頃、殷王朝の帝辛 (紂王)が、文王と同じ三公の地位にあった人物が残酷な殺され方をしたことについてため息をついたという理由で、幽閉され、更に長男の伯邑考が紂王に煮殺されその肉を刻まれた汁を飲まされたといわれています。

文王は紂王に財宝・領地・美女を献上したことで釈放され西伯となりましたが、その後は紂王の臣下としてではありますが、仁政を行いました。

この文王を諸侯が頼り始め、非道を行う紂王に反旗を翻すようになります。

文王が築いた土台を引き継いだのが文王の次男の武王です。

武王は紂王を倒し、殷王朝を滅ぼして周王朝をたて、父に対して文王の称号を追号しました。

仁政を引き継いだ武王、そして文王は聖王とも呼ばれ、後世に渡って崇められています。

周公旦の実績

周公旦は中国の周の時代の政治家の一人で、周王朝の開祖である文王の四男、周王朝の創始者である武王の弟です。

殷王朝を滅ぼし、周王朝を成立させた武王を助け、殷王朝打倒にあたったとされています。

周王朝が成立した後は曲阜に封じられて魯公となりましたが魯の実行支配は嫡子の伯禽にゆだねて、自分自身は周王朝の中央において政治家として過ごした人物になっています。

周王朝を開いた武王は、建国間もない時期に病に倒れていますが、周公旦は自らを生贄として武王の病を平癒させてほしいと願うなど、兄思いの弟として知られています。

武王はその後一時病状が回復しましたが、その後再び病が悪化して武王は無くなってしまいます。

この時、武王の子どもである成王はまだ幼く、燕の召公と共に摂政の地位に上がり建国後まだ不安定な周王朝を安定させていきました。

ところが、周公旦は3人の兄からは成王から王朝を簒奪する目論見があるのではないかと疑われ、戦が起こります。

周公旦は乱を治め、兄たちを処罰した後、成王の成長を待ち政権を返上し、臣下の地位に戻り、周の副都となる洛陽を築いたといわれています。

太公望ってどんな人?

太公望といえば、今の日本では魚釣りが好きな人をさしていますが、実は中国の古い王朝である斉国の建国者が太公望という人物でした。

この太公望は、非常に優秀な政治家であり、国家運営者としてしられています。

この太公望がなぜ魚釣りの名人とされたのかというと、魚というのは人を表し、人を釣る、つまり国民をうまくコントロールして支配することが出来た人だからと言われているんです。

中国でもっとも古い王朝と言われている夏王朝、その後殷、周と王朝が続きますが、周王朝が紀元前256年に秦によって滅ぼされた後、春秋戦国時代を迎えます。

斉はその春秋戦国時代にあった王朝の一つです。ただ、もともとは周の創始者である武王を補佐し、その功績によって封じた国が斉となっています。

斉は紀元前1122年〜紀元前221年まで、今の山東省にあった国で、太公望はこの斉国の建国者ということになっています。

斉自体は29世まで続き、紀元前221年に秦に滅ぼされるまで続いています。太公望が斉に封じられたのち、営丘の地をよく納め、漁業と製塩によって国力を上げていきました。

成康の治とは

中国の古い王朝である周の時代、2代目の王である成王、そして3代目の王である康王が治めていた治世を「成康の治(せいこうのち)といいます。

ちょうど紀元前1043年〜紀元前996年ごろの事をさしていて、この時代は周王朝の始祖期であり、周王朝の創始者である武王か亡くなったのち、年若く追わない成王が即位したのちに摂政を務めた周公旦や燕の召公らが治めた時期も含まれています。

まだ殷王朝から周王朝の過渡期であったこの時代ですが、非常に安定した治世であり、周王朝の統治体制が確立された時期にもあります。

この時期について、史書には次のような記述があります。

「成康之際,天下安寧,刑錯四十余年不用」というもので、分かりやすく解釈すると、「成王及び康王の時代、天下は安定しており、刑罰を40年ほど用いることがなかった」とされています。

ただ、実際には康王の時代は召公や畢公高といった臣下の補佐を受けながら、外征を繰り返していた時期でもあり、この外征によって周が諸侯にたいして威信を確立したことによって、国家体制が安定したと言われています。